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「もしかして発達グレー研究所」愛されキャラに育てよう!by QOLT

生きにくい、だけど自力で生きるしかない「もし発」。己を知り、定型を知れば百戦危うからず!

会話は言葉のキャッチボールなんかでは全然ない

f:id:correct-me:20181004140837p:plain「会話は言葉のキャッチボール」という比喩表現があります。

園や小学校にかぎらず、療育の現場でもしばしば聞かれます。ほとんどの人が納得して使っているようです。

うちの子はおしゃべりは好きなのですが、言葉のキャッチボールができないんです、という声もよく聞きます。


ちょっと考えてみてください。
キャッチボールって何でしょうか。

ここでひっかかる子がいます。

キャッチボールでは、やりとりするボールが、そのままの形、性質を保ったまま両者の手元を正確に行き来する…というイメージがあれば、なおさらです。

言葉は、往路と復路で、変化します。
なおかつその変化をコントロールすることはできません。

実は、ボールは、言葉と違い、形状こそあまり変わりませんが、会話と、下手なキャッチボールは、確かに似た性質があります。

球技経験者でない限り、両者の手元を正確に行き来することはなく、球威、コースはコントロール不能です。たとえベストだと思うところに投げたとしても、相手がキャッチするかどうかは、コントロールできません。
言葉に近い性質は確かにあります。

Aさんの思い→Aさんの言葉→Bさんの思い→Bさんの返事→返事を受けた新たなAさんの思い

Aさんの思いを基準とします。Aさんの思いを言葉にする時点でズレる可能性がありますが、ここまでは変化のコントロールがある程度効きますね。
そのAさんの言葉ですが、Bさんが受けとるときに大きく変化してしまうことがあるのです。

また、それに対してBさんが返答するわけですが、ここでも、言いたいこと思ったことはそのまま言わないのが社会のマナーですから、ここでもまた大きく変化してしまうのです。

もう、何がなんだかわからなくなりましたね。

そうなのです、「会話は言葉のキャッチボール」という説明では、ボールのコントロールが出来ないけれども、お互いに謙虚に努力する人同士のキャッチボールのことである、ということが暗黙の了解となっています。
一部の子にとって会話の本質を強く誤解させる原因となります。

「会話は言葉のキャッチボール」という表現を納得してもらうためには、まず、ここで言うキャッチボールは、不完全なものであることを踏まえ、キャッチボールのマナーから話さなければなりません。

・相手に負担を与えずに受け止められる球速、軌道でしか、投げてはいけない。

・相手が負担なく受け止められるボールを投げることに失敗したら、すぐ謝る。

・相手がボールをキャッチできなかったら、ボールの投げ方が悪かったのだと認識し、投げた方がすぐ謝る。

・ボールを落とした方も、キャッチする能力や努力が不足したことを認め、すぐ謝る。

・お互いにキャッチボールに習熟しており、相手側が強い球威を望んでいるならば、全力投球が許されることがあるが、それでも取りやすいところに投げるのがマナーであり、相手がボール。

キャッチボールについて、ここまでの理解があって、やっと「会話は言葉のキャッチボールである」という例え話ができる可能性が出てきます。

しかし、言葉は ボールと違い、返事として変化して帰ってくるので、もしかして、なお子さんにはなかなか分かりにくいようです。
むしろ自分がやっているキャッチボールのように、「投げたいように投げる」「なるべく強く遠く!」「いいボールを投げたのに、相手が落としたら相手のミス。走って取りに行くのは当たり前」といった勘違いを招くとさえ思います。


それよりも、プレゼント交換だと表現した方が分かりやすい、と言われることが多いです。
この表現についてはまたにします。

f:id:correct-me:20181004182844p:plain

典型発達は、空のプレゼントボックスを贈り合うことで、敵意がないことを示したり、喜びを感じたりする。
多様発達のうち自閉のあるものは、しばしば、コンビニ袋で実用品を贈る。